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初めての挨拶 其の1


 翌週の土曜日夕方、夏美に連れられ、林が夏美の家についた。

夏美の実家は向日市の閑静な住宅街に築20年前後の一戸建てだった。玄関に入ると、20畳前後のリビングと6畳の和室が一体化になっていた。リビングの中央に大きなテーブルがおかれ、大型のテレビ台とテレビが隣の壁に、ブラウン色の皮ソファセットがもう一面の壁に置いてあった。リビングの至る所に雑誌と本が積み上げられ、大きな机セットが和室の半分ほど占領し、部屋と釣り合わないほどサイズだった。荷物が綺麗に整理整頓されていたが、全体的には乱雑した感覚が受けられる。

 「お邪魔します」林が靴を脱ぎ、きちんとおいてからリビングに入った。

 「林君、よく来た」ジャージ姿の男性がニコニコしながら林に返事した。

 「はじめまして、林と申します」林は相当緊張していた。

 「初めまして、夏美のパパの定夫です。こんな緊張しなくて結構よ。じゃ、早く座りなさい」夏美の父が林の緊張を察知して優しく言った。

 林が一礼して、持ってきたお土産を横に置き、ソファに座った。

 その時、台所にいた夏美のお母さんがリビングに来られた。

 「初めまして、夏美の母、直美です。夏美が大変お世話になっております」

 「こちらこそ、いつも旅行券や映画チケットをいただいて申し訳ございません」林がソファから立ち、お辞儀しながら返事した。

 「こんな堅苦しくないで、お酒を飲みながら話しましょう」

 定夫に誘導され、林はテーブルの椅子に座った。夏美と直美は台所で料理の準備をしていた。

 「林君はK大出身って聞いたけど」夏美の父がビールを飲みながら林に聞いた。

 「そうです。修士の2年だけです。お父さんもK大出身ですか」

 「そうね。僕はK大の法学部出身だけど、就職した後も学生運動を取材に行ったよ。あのときの学生は今と違って、みんな生き生きしていた。なつかしいな」

 「そうですか、中国の天安門事件の時と同じかもしれません」

 「中村君の紹介でうちの夏美と付き合うようになってね」

 「中村課長のことですか。本当に感謝しております」

 「中村君は同じボランティアの会の後輩で、今も一緒に頑張ってるよ。年を取ったからこれぐらいしかできないよ」

 「どんな会ですか」

 「地域を盛り上げる会で、みんな中国のことを聞きたいって言っていたから、今度機会があれば是非来て下さい」

 「僕もさほど中国のことを理解してないです」

 「林君がS社の中国展開で相当頑張ってるって夏美から聞いたよ」

 「仕事だから頑張らないといけないからです」

 「中村君も君のことをよく褒めたよ。落ち着いて、日本のことも理解していて、将来すごく有望な好青年と褒めていたよ」

 「それは恐縮です。そこまで褒められると、逆に立場がなくなります」

 「林君のご両親は夏美と付き合っていることはご存じなの?」定夫が確認してきた。

 「一応伝えております。特に反対されたことは言われてなかったです」

 「それはよかった」

 「うちは自由放任の家庭なので、基本的に口を挟むことはしません。むしろ、早く孫の顔を見てみたいとうるさく言われています」

 「どこの親もみんな一緒な」

 「話が変わるけど、林君みたいに一人で外国で仕事し生活するって大変だろうな」定夫が林に聞いた。

 「大変とか、寂しいとか、そういったことを気にしたらたぶん上海に帰っていたと思います。ほとんど考えてなかったんです。それだけです」

 「それは強いよ。今の日本の若者はそれを欠けていたから、外国に出たがらない」

 「子どもの時から、競争に強いられ、自分が頑張らないと誰も助けてくれない環境の中に成長したから、とりあえず頑張ってみて、結果が後で考えようという性格は身についたんです」

 「一人っ子政策で教育に非常に熱心と聞いたけど」

 「僕の生まれた時、まだ一人っ子政策が始まったばかりの時です。今は競争がもっと激しいです。姉の子どもを見たら本当にかわいそうです。今小学校2年生、学校以外、塾が週五回、ほとんど遊ぶ時間はありません。僕の時はそこまではなかったけど、あらゆるのことに競争意識を持たないといけなかったのが事実です。よく中国人は自己主張が強いと言われたけど、中国では自分で主張しないと完全に無視されるんです。日本はその逆で主張しなくてもそれなり考慮されてくれるから」

 「林君も日本に慣れるまで相当苦労したって夏美から聞いたけど、本当なの?」

 「それは本当です。空気が読めるまではかなり時間というか、そういうことは頭で理解するのではなく、身体が覚えないとうまく行かないみたいです。山本七平の「空気の研究」を読んでかなり衝撃を受けました。いい意味でも悪い意味でもこの本は私の人生に大きく影響してしまいました。後は大学の学部の4年間、今から考えればかなり役立ったと思います」

 定夫は頷きながら林の話を聞いていた。

 「大学の時、どうだった」定夫が興味津々に林に聞いた。

 「当時、同級生に相当の与太者と見られていたでしょう。僕は知らなかっただけ。ゼミの同級生と喧嘩もしていたし、一人で行動したがるし、自信満々だし、今考えればかなり恥ずかしくなります。でも、そうした壁にぶつかる経験がなければ今S社では働けないと思います。僕も中国人の考え方しか分からないけど、日本人の考え方は相当特殊なモノだと思ったことは何回もありました」

 「僕も日本の考え方しか分からないから、想像ができないけど、相当な葛藤があったに違いなかっただろ」定夫が林に相槌を打った。

 「日本の生活を慣れるために、中国人のアイデンティティを捨てなければいけないかと何回も真剣に悩みました。今は中国人のアイデンティティを横に置いといて、日本のルールに従って、みんなとうまくやっています。日本の良いところと悪いところを落ち着いて判断できるようになりました。でも、時々そうはいかないときもありますけど」

 「林君はたいした者だ。日本人として恥ずかしく感じるよ」定夫がかなり感心した。

 「文化も歴史も違うから、考え方が違うのが当たり前と思います。それぐらいはだれでも理解できるけど、クに入ったからクに従えと頭越しにいわれると、そうはいかないのも人の常です。身に染みるほど経験しました。本を読むのが役に立つけど、やはり失敗の経験がなければ身体で理解できないです」林は初対面の夏美の父に、心に込めた思いを蓋の外されたように語った。

 「日本は村社会だとよく言われるけど、中国は?」

 「日本は村社会で、中間集団が非常にしっかりしていて、例えトップが無能であってもそれなり動くようになってます。中国はそういった中間集団がほとんどありません。異民族の侵略と内乱がほぼ200年に一度のペースで大混乱をもたらしていたから、中間集団が形成できなかったでしょう。日本では中間集団がしっかりして社会の安定をもたらし、平時が強い民族だとすれば、中国では危機に強い民族だと僕は思います。四大文明が残っていたのが中国だけで、さらに、歴史上の帝国がそのままの形で残ったのも中国だけです。アメリカとロシアは歴史の浅い大国は別です。高度の文明とか、官僚制度がしっかりしていたとか、それは単に自画自賛にすぎないと思います。簡単に言うと、勝てない相手に土下座することでしょう。四つ熟語で言えば「臥薪嘗胆」してチャンスを待つということかもしれません。元であれ、清であれ、50年ぐらいすぎると漢民族の国に逆戻りになりました」林は一気に自分の持論を話した。

 定夫が完全に納得されたようにずっと頷いていた。林はちょっとビールを飲んでつづけて言った。

 「危機に強い分、平時がごちゃごちゃになっています。経済学の専門用語で言えば、「ルーズ・カップリング」あるいは「疎結合」です。ルールが無視したり、自己主張が強いだったりするのが、ここからくるではないでしょうか。日本は安定であるが、流動性やアクティブに欠けています。中国はごちゃごちゃした分、アクティブに富み、みんな自分のために必死に考えています。日本人は自分が先進国だから、上目線で中国人をみたりして、逆に中国人は悲惨な近代史の歴史経験や過去の戦争の記憶で被害者意識というか、ルサンチマン的な発想で日本と西諸国を観ています。どっちもどっちだけど、具体的な利益に絡むと、いろいろとトラブルが生じてしまいます」


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