「そうでしょう。よく言われる」夏美が満面の笑顔で答えた。
「お母さんとお父さんは仲が良いね」
「二人は当時珍しく共働きで、ママが55才まで働いた。ママが仕事やめるまで二人はよく喧嘩していた。ママは家事が下手だし、パパは仕事人間だし、私を甘えるけど、基本はほったらかす。今は凄く仲がいいらしい。一緒に買い物とか行くようになった。パパが定年でもう一度恋愛したってママが言ってたよ」
「お母さんは面白いね。先、いきなり、「アキ君」って呼ばれたよ。別にいいけど、かなりビックリしたよ」
「あれは天然、天然だろ。気にしないで。ママ、財布が何個なくしただろ。現役の時、結構ばりばり新聞記者をやっていたらしい。ママがどういうふうに仕事したか、私とパパは本当に想像できなかった」
「間抜けな娘をよろしくってお母さんに言われたよ。この点も似ていたなぁ」
「そんなことも言ってたの。全く」
「でも、夏美は良い家庭で育てられていたよ。羨ましい」
「アキの家庭が悪いって想像できない。だて、アキがとても優しいから」
「別に愛情が欠けていた家庭でもないけど。ママがとにかくうるさかった。念仏のように怒られてたよ。親父もよう我慢したな。普通の家庭かも。夏美が結婚したら四六時中怒るの?」
「アキには怒れないよ。でも、分からないな。女って変わるわ。同級生の中に早く結婚して子供を持つ子がいるけど、家事に追われてずいぶん変わった」夏美がちょっと寂しげに言いながら、身体を林に寄せた。
「今のようには期待しないけど、念仏のように怒ると、きっとパニックになるよ。トラウマがあるから」
「私のアキを困らせるようなことは絶対しないよ。心配しないで」
「でも、僕が怒ると、非常に怖いって、声がでかいし、豹変するっていわれてる」
「そのギャップが怖いな。理由がなければおこらないだろ」
「それはそう。仕事でイライラになってしまうこともあるから保証できないよ。何回も説明しても分からないとイライラするよ。その時、ビックリしないで大目に見て」
「それは誰もイライラするけど、大目に見るよ。子供の時、さんざんパパとママに怒られたから、ビックリしないよ」
「ちょっと聞きたいけど、夏美のパパは学生運動を参加したの?」
「学生運動は参加してなかったけど、前は社会党の党員だったよ。拉致事件があって、社会党を辞めたらしい。もう政治がこりこりだと言って、今は政治活動など一切してないよ」
「なるほど、それで、パパは僕のことをどう思っていたの」
「パパがアキをほめたよ。こんな若者が見たことがないって言ってたよ」
「困るな。家庭的な男は自分も分かるけど、ここまで褒められると逆にプレッシャーになってしまうよ。期待値を下げてもらえるかな。」
「パパとママはずっと息子がほしかったけど、アキを息子にしたいって」
「それは」
「結婚して今の実家の近くに住めばアキのS社も通勤範囲だし、子供の面倒も見られるし、すぐ会えるから」
「何かいろいろと考えてるな。結婚しなければって、ちょっと引くな」
「ただ言ってるだけ、気にしないで」夏美が言いすぎたと感じてすぐに付け加えた。
「もし結婚すれば夏美のパパとママのような家庭を築こうな」
夏美がかなり感動した。
「これから、アキのところに行ってもいいの?」夏美が恥ずかしそうに聞いた。
「僕も来てほしいと思うけど、パパとママはどう思うの。よくないじゃない」
「先、ママに言ったよ。行きたければ行けばって」
「パパとママが結構進歩的な。着替えは持ってるの」
「この前にアキのところにまだ残ってたから」
「そうか」
二人は林のアパートに向かった。
林と夏美は付き合ってからはじめて結婚のことを口にした。林は奈々子のことがあってなかなか結婚のことを考えたくなくて、自然に避けていた。今日の夏美の家族を見て、夏美と結婚しても悪くないなと思った。夏美は林に気を使ってなるべく結婚のことを言わないようにしていて、林が結婚のことを言い出したから内心結構嬉しかった。
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