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プロローグ


2009年10月末 京都府向日市

 「夏美、子供達は?」パソコンを弄りながら林が台所にいる妻の夏美に聞いた。

 「もう寝たよ」夏美が答えた。

 外は冷たい雨が降っていた。林は椅子から立ち、寝室に向かった。5歳の長女明美(アケミ)と4歳の長男蛍翔(ケント)が気持ちよく寝ていた。林は子供達に掛け布団を掛けてリビングに戻った。

 「子供達もう寝たから、これからどうする?」林が夏美に聞いた。

 「どうするかな、夕飯は外でも食べましょうか?」夏美が答えながら皿を洗っていた。

 「そうしよう」林がアクビしながら言った。

 今日は日曜日だった。先週から枚方パークに連れていくのを子供達に約束をした。あいにく雨で、子供達は午前中家で騒いでいて、夏美が誤魔化しながら家で昼ご飯を食べてもらった。ずっと騒いだせいか、ご飯を食べた後、疲れて寝ちゃった。

 林のフルネームは林 明蛍(リン ミョーケイ)、中国の上海出身、1992年に日本に留学してきてもうあれこれ17年も経った。最初の2年間、大阪の日本語学校で日本語を勉強し、関西のある地方国立大学の経済学部に進学した。学部を卒業した後、関西のK大の経済学の大学院に進学した。一時期学者を目指したが、金銭などの問題で博士課程への進学を諦め、修士を卒業した後、教授の紹介で大手の食品メーカーS社に就職した。

 夏美は京都の外大出身で、林と結婚する前、S社の関連会社に勤めていた。上司の紹介で林と知り合い、2003年に林と結婚し、同年に長女明美を生み、2004年に長男蛍翔をもうけた。

 2004年の年末に、向日市に一戸建ての新居を25年ローンで買った。夫婦の関係は円満そのものだった。夏美は元々お嬢様の性格だったが、二人の子供を産んだ後、かなり成長するようになった。林は一人生活が長かったおかげで、料理、洗濯、掃除なんでもこなし、暇があれば積極的に家事を手伝ったりしていた。毎日永遠に終わらない家事と最近体重が5キロ増えた以外、夏美はこれといった不満がほとんどなかった。

 「私も疲れたからちょっと寝させてね」夏美が家事を一段落した後、ネットサーフィンしていた林に言って、寝室に向かった。

 「おっ」林は特に気にしてなかった。

 外は相変わらず小雨を降っていて、風も強くなった。夜までやむ気配はない。林がふっと気づいた時、家の中はものすごく静かになり、聞こえるのがパラパラのかすかな雨音だけだった。林も特にやることもなく何気なしに窓外の木を見ていた。木の上に名の知らない二匹の子鳥が跳びながら鳴っていて、最近まで青々と繁っていた木の葉っぱもずいぶん黄色くなり、強くなった風の中、今も落ちそうになっている。林は一瞬寒気を感じ、暖かいコーヒーを入れて、ソファにあったコートを羽織り、机の中に普段めったに吸わないタバコを出して火をつけた。上海に帰省するときに友達に勧められた迪克牛仔(ディック・カウボーイ)の「有多少愛可以重来(どれぐらいの愛がやり直せるか)」をCDプレーヤーに入れ、音楽を聴きながらゆらゆらと上げるタバコの煙の中に瞑想にふけていた。



迪克牛仔- 有多少愛可以重來


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