冬型の低気圧に覆われ、寒くてすっきりしない天気だった。
その日の予定はまず地下鉄東西線の椥辻駅の近くの洋食屋で食事し、その後は林の家でパーティする予定だった。二人は午後から奈々子の実家の車を使って買い物し、夜のパーティの準備をしていた。
午後五時半頃、二人は歩いて洋食屋についた。祐子がまだ来なかったから、二人はコートを脱いで予約したテーブルについた。
「遅れてごめん」高いトンの女性の声とともに祐子が現われた。
「はじめまして。林と申します」林は自己紹介した。
「初めまして。祐子です」祐子は声が小さく恥ずかしげに言った。
「どうぞ、かけて」奈々子が話した。
林の第一印象は祐子がかなりの美人だった。奈々子より祐子の方が身長が高く、たまご型顔にそれほど大きくない目と鼻がバランスよく揃っていた。笑うと、目が三日月のようになり、切れに揃った歯がその白さを競い合うように輝くほどだった。黒のハイヒールにベージュピンクのフォーマル的なドレス、細くて白い首に真珠ネックレスをつけ、肩までの茶色のロングヘアがふわふわとしたゆるいウェーブ、おとなっぽい女性を演出しつつも、可愛さも静かにアピールしていた。化粧も入念にされたか、隣のラフな奈々子が田舎っぽく感じてしまった。祐子は奈々子の高校のクラスメートで部活も一緒だった。高校を卒業した後も、親友として二人はずっと付き合っていた。東京の私立大学の文学部英文科を卒業した後、大手の流通グループに就職した。大手とはいえ、結局やっていた仕事はショッピングセンターでの販売だけだった。仕事にやりがいを感じず、2年ほど辞職した。その後色々と仕事をしたが、今でいうパラサイト・シングルだった。
三人がコース料理を注文し、祐子のお気に入りのワインも注文した。
初対面なのか、恥ずかしがり屋なのか、祐子は林に声をかけず、ほとんど奈々子と話していた。内心結構目の前の友人の彼氏に対して興味津々で、何度も奈々子と話しているふりして、林を盗み見していた。林もただ料理を楽しんで、時に二人の会話を面白く聞いたりして、ほとんど無口だった。
しばらくすると、祐子が奈々子に合図してお手洗いに行った。
「先、祐子がミンのこと凄く褒めたよ」奈々子が嬉しそうに言った
「そうかな」
「賢くて優しいって、なかなかの好青年」
「それはナナ自分が自慢したからじゃないの。初対面だから知るわけないじゃない」
「言ったかな。でも、凄く羨まわれてるよ」
「それはそれは。僕じゃなくてナナが羨まわれてるじゃない」林は軽く突っ込みを入れた。口が否定したけど、顔は嬉しさ全開の笑顔だった。
奈々子が乙女ティックに微笑んで、グラスを持ち上げ、ワインを一口飲んで答えなかった。
「祐子さんって本当に美人ね。二人が一緒にいるとギャップが大きいな」奈々子の調子乗った顔を見て林が突っ込みたくなった。「私が可愛くないっていうこと。乗り替える気か」奈々子がわざと怒りっぽい顔をした。
「乗り替える度胸なんかないよ、間違いなく女王様に殺される」林が声を出して笑った。
「そうにしよう」奈々子も冗談で返してきた。
「そうではないよ。僕にとってナナがすべて一番よ」林は皮肉っぽくフォローした。
「彼女が本当に美人で、高校の時、マドンナだったよ。告白のラブレターが親友の私を経由して何通も彼女に渡したよ」
「醜いアヒルの子が白雪姫に勝ったのをお披露目したいんだ」林がまた突っ込みたくなった。
「私もラブレターを沢山もらったよ」奈々子が林の突っ込みに施すすべもなく、小さな口をちょっと歪んで強がりを言った。
「信じるよ。ナナが本当に可愛いよ」まるでご機嫌斜めの子供をあやすように林は言った。
「祐子さんは歯が真っ白、輝いているね。」林は話題を変えて祐子のことを訪ねた。
「前は確かに白いけど、そこまで白くなかったと思う。また手入れしたじゃなかった」
「仕事してないから生活は」
「彼女の実家は建築屋、お父さんとお母さんが経営しているから、昔かなり金持ち、今はよくないって彼女が言ってたけど。でもエステとかよく通ってるよ」
祐子がなぜ結婚できないか、林は分かったような気がした。
祐子が帰り、奈々子とのギャルトークがトンの高い笑い声とともに永遠に続き、林に入らせる隙間はどこにもなかった。気がつくと、もう八時前だった。勘定して、3人がタクシーを拾って林のアパートに向かった。
パーティは始まった。料理は奈々子がつくった鍋と総菜何品だけだった。
缶ビールをあけグラスに入れてから、
「乾杯しよう」奈々子が言った。
「乾杯!」3人が声を上げた。
「林さんは本当に立派ですね。奈々子が羨ましいですよ」祐子が初めて林に話をかけた。
「それは褒めすぎですよ」林は謙虚に答えた。
「彼、怒ると怖いよ」奈々子が一言を挟んだ。
「でも祐子さんも凄い美人だから、男がほっとくわけないでしょう」林は褒め返すつもりで言った。
「美人ね。いい人がいれば紹介してください。最近男運が悪いですよ」
「前の彼氏は、あの職場の背の高い格好いい男の子はその後どうなったの」
「彼先月職場の別の子と結婚しっちゃった」
奈々子が余計なことを聞いてしまって後悔した。祐子は泣きそうな顔をしていた。
「よりを戻すって言ったでしょう。なぜ急に他の子と結婚しっちゃったの」奈々子が仕方なく続けて聞いた。
「私が物いりから、彼の給料じゃやっていけない」祐子が無力に答えながら、グラスのビールを一気に飲んだ。
訳分からない林を見て、奈々子は経緯を説明した。
「前に勤めた会社ね、ユーちゃんが格好いい男性と付き合ったの。その後、別れちゃった。ユーちゃんがずっとその男性が好きでひきついでいた。別れた後も何回か連絡してよりを戻したいって彼にいったけど、はっきりしない関係が2年ぐらい続いていた。ユーちゃん間違いないでしょうね」奈々子が最後に祐子に確認した。
祐子が俯せたまま頭を縦に振り、声を出して泣き出した。
急に泣き出した祐子に奈々子と林が戸惑った。
「男は彼だけじゃないよ。ミンはS社の同僚を紹介するって」
林は奈々子のリクエストが初耳だった。場の空気を読んでしまったせいか、「ハイ」と本能的に答えた。「慰めないで」祐子は急に手で顔を拭いて、横にあった缶ビールを一気に飲んだ。泣いたせいか、手で拭いたせいか、アイシャドーの粉が顔全体に行き渡り、白い顔の上に何本の黒い線ができて、まるで水墨画のようだ。
林は祐子の顔を見て笑いこらえた。横にいた奈々子は申し訳ない顔で林を見た。
これからは祐子の一人劇場だった。泣いて笑い、酒を飲み、叫んだりしていた。洋食店でのお行儀のよいお嬢さんが綺麗さっぱり消えてしまった。林と奈々子はなすすべを知らなかった。
結局、祐子がタクシーで自宅に帰ったのは一時すぎだった。
「ごめんね、今日のユーちゃんははじめて見た」皿洗いしていた奈々子が無力に言った。
「ナナのせいではないから、気にしないで」林は奈々子を慰めた。
「何とか男を紹介してあげなくちゃ、ミンの忠司先輩を紹介したら」
林は乗る気ではなかった。ただ「ハイ」と答えるだけだった。
林は背後から奈々子を抱きしめ、首に軽くキスした。
「早く帰って休んだら、明日仕事だろう」
「ミンのところに残っていい?ミンのそばにいたいの」奈々子は頭を林の肩に寄せた。
……
後味の悪い初クリスマス・イブだった。
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