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告白 其の2


 ちょうどその時、店の壁掛けの時計が10時を知らせた。店に入ってからもう1時間以上経ち、注文した物もすべて食べ終わった。

 「もう10時になったよ。時間大丈夫?」林は気をつかって奈々子に聞いた。

 「明日は休みだから時間は大丈夫よ」奈々子はニコリと答えた。

 「そうか。酒本さんと話をすると何だかすぐ時間を忘れる」

 「林さんの話が本当におもしろい。ぜひ続きを聞きたい」奈々子は林を真剣なまなざしでじっと見つめながら言った。

 「それは褒めすぎよ。調子を乗りすぎて申し訳ないよ」林は紋切り型の謙虚を言いながら、奈々子の言葉の裏を探っていた。お茶を誘った時の気まずい空気もあって、なかなか次の一歩を踏む勇気がなかった。両手ですでに空になったガラスコップをもてあそび、何回もそのコップを飲み、ぐずぐずして黙っていった。奈々子は何かを促すように林を大きな瞳で見ていた。二人の目線が合ったとき、奈々子はなにも逃げなかったが、林は苦笑いしてすぐ顔を背けた。

 林は自分が勝手に作り出す気まずい空気に悔やんで焦っていた。

 「そのままわかれればいいのに、いや折角のチャンスだから台無しにするな、外国人だから誘ったらどう見られるだろう、もし断れたらこれからの英会話がきっと気まずいだろう」と林はすべての可能性を想像し、脳の中では大混乱が起きた。一回深呼吸して林が何か言おうとするとき、奈々子の匂いが林の体に入り、脳がさらに刺激された。

 3分ぐらいの沈黙の時間が流れていた。店内は二人を除いてほとんど誰もいなかった。安室奈美恵の『CAN YOUCELEBRATE?』が静かに流れていた。奈々子は促すように林をずっと見つめていた。

 「他のところに飲みに行こうか」林は歯の隙間からやっとのことで途切れた声を発した。ストレートに言ったのはいいわけなどをつける余力がなかったからだ。

 「いこうか」奈々子は林の誘いをずっと待っていたように、耳に心地のよい声ではっきりと返事した。奈々子が先のような迷いがなかったどころか、求めていた銘柄を今か今かと待ちわびるように購入したようだ。なぜすぐにオーケーを出したのが奈々子自身も分からなかった。

 一瞬にして空気が変わり、すくなくとも林はそう感じ、こわばった表情が喜びに変わった。

 「今の時間なら、白木屋はあいてると思う」林は今度こそ自分から先に提案したかった。

 「そうしようか」奈々子が短く答えた。

 二人はミスタードーナツを出て、道を渡って白木屋に向かった。

 店に入ったあと、林が静かな場所を探して席に着いた。

 「飲み物を何にしようか」林は奈々子に聞いた。

 「林さんは」奈々子が聞き返した。

 「とりあえず生にしようか。酒本さんは」

 「そうね、私も生にします」

 二人が隣で待っていた店員に生ビールと何品の料理を注文した。

 「乾杯しよう」生ビールとお通しがもってきて、奈々子はジョッキを持ち上げて言った。

 「何のため乾杯しようか。二人の出会いのためにしましょうか」林が今度大胆に言った。

 「乾杯〜!」奈々子は一瞬恥ずかげに迷ったが、否定しなかった。

 林は精神的なエネルギーが常に超負荷になったか、酒の力を借りたいか、一気にジョッキの三分の一のビールを飲んだ。

 「時間が遅くなっても大丈夫か」林は奈々子に気を配った。

 「お母さんと二人暮らしで、こんな年だから言われることはないよ」

 「僕は一人暮らしだから、例え死んでも誰も分からないな」

 「林さんって本当におもしろいね」奈々子がまた笑った。

 「酒本さんは普段仕事以外に何か趣味がありますか」

 「高校までテニスをやってたが、仕事してからはなにもしてない。仕事が結構忙しいからなかなか遊びの時間はないねぇ。たまに親友の祐子ちゃんと飲みに行くぐらいかな」

 「仕事が大変でしょうね。でも今の仕事がすきでしょう。それで立派じゃないですか」

 「妻が家庭を守るべきとか、日本の慣習は林さんがどう思いますか?」

 「僕は共働きの家庭で育ったから、自分の妻が働くのも別に抵抗ないよ。中国では共働きの方が社会通念になっているかも」

 「家事も男性が手伝ってくれますか?」

 「もちろん、よほどの金持ちじゃないかぎり、少なくとも上海では、家事をしない男性は女性に捨てられるよ。」

奈々子が大発見したように、目を丸くして喜んでいた。

 「でも、女性が稼いだ給料は原則的に全部家計にいれるのも当たり前よ」

 「そうか、全部いいことでもないね」

 二人とも声を出して笑った。

 「林さんのご趣味が何ですか?」今度奈々子が林に聞いた。

 「就職してから残業の嵐、平日終電、土曜出勤当たり前、日曜は寝るだけの生活は八月末までだった。最近は定時で帰れるようになったから、英会話をするようになった。特に趣味というものはないし、やる時間もなかった」林は淡々と説明した。

 「林さんにはきっと彼女がいるでしょうね」奈々子が確認してきた。

 「外国人だからまず選択の余地がすくないでしょう。その上今までの残業の嵐だから、いたとしても振られる運命になってたよ」

 「林さんが立派だからきっと女の子が林さんをほっておくわけがないから」

 「そういう女の子がいればね」

 「学生時代からの恋とか、大学院生同士の恋愛話がよくあるから」奈々子が入念に確認してきた。

 「そういえばいたよ。同じ中国人の子。でも就職したと同時に別れたよ。彼女のわがままに、僕がついていけなかったよ」林は正直に答えた。

 しつこく聞かれた林は奈々子のプライベートを聞こうと思って、ビールを大きく一口飲んで聞いた。

 「奈々子が美人だから、きっとよく告白されるでしょうね」

 「そんなことはないよ」奈々子がきっぱりと否定した。微妙な年齢に達した奈々子をちょっと褒めすぎられて皮肉に聞こえた。

 「今彼氏がいないでしょうか?」林は質問を変えてドライに聞いた。

 「今いないよ」何か嫌なことを思い出したように顔がすぐれなかった。

 「一人者同士に乾杯しよう」林はまずい空気を笑いに変えた。

 「そうしよう。乾杯!」奈々子が笑いながらジョッキのビールを飲み干した。

 二人が結構早いペースで生ビールを飲んでいた。1時間経つと、生ビールを二人とも2回おかわりした。酔いが回り始めたか、奈々子は普通の女の子に返り、林も大胆になってきた。

 「お仕事して何年ですか?」林が聞いた。

 「それで私の年齢を逆算するの。内緒にします」

 「ごめん。そういう意図がないよ。でも、長く働いたから職場の恋とか、友達の紹介とか、合コンとか、知り合いチャンスがいくらでもあるじゃない」

 「林さんは合コンに行ったでしょう」

 「それは」林は否定しなかった。

 「職場のことなんかないよ。今の会社の男性社員はほとんど管理職しかとってないから、ご当地採用っぽい女の子を上目線でみてるか、遊びの相手しかみてないか」

 「ご当地採用っぽいって何のこと」

 「建前は本社採用だけど、地元の支社で働き、管理職にはほとんどなれない女子社員さ」奈々子は一息して続けて言った。

 「友達の紹介ね。友人の祐子ちゃんも彼氏なし歴3年よ。紹介してくれないよ。合コンは何回行ったけど、あれは女の子と遊ぶ場所になってるじゃない。それ以外は頼りのない男か自信過大の男ばかり。今はほとんどいかない」

 酒のせいか、奈々子が愚痴を言い始めた。林は元之と忠司のことを思い出して納得した。奈々子は先より早いペースでビールを飲んでいた。

 「酒大丈夫でしょうか」林は何を言えば奈々子を慰められるのを分からなくて、とりあえず酒のことを聞いた。

 「心配しないで、これぐらいはだいじょうぶよ。大学の時はその倍を飲んでいた」奈々子の意識がはっきりしていた。

 「日本人の女の子をどう思う?」奈々子が興味津々で聞いた。

 「日本人の女の子は総じてお淑やか、中国人の女の子は物事をはっきり言うかな。属人的な部分が多く、なかなか言えない」

 「お淑やかね。もし林さんが日本人の彼女を上海の家に連れて帰ったらお母さんが反対されるでしょうか」

 「きっとびっくりするでしょう。戦争を経験したおじいちゃんとおばあちゃんがまだ生きているからね。いや、日本に留学してもらってるからそれぐらいの覚悟はあるだろうな。でも、僕が愛した女性だから反対しないだろう」林は想像しながら言った。

 「林さんの奥さんはきっと幸せ」

 「えっ、なぜ」

 「ちゃんと守ってくれるから」

 「家はたまたま自由放任だから」林は嬉しそうに答えた。

 林と奈々子はいろいろの話題で話を盛り上げた。気づいたとき、もう一時前だった。

 「そろそろ帰らないと、お母さんに怒られるじゃない」林は結構酔っていたけど、奈々子のことに気を配った。

 「そうね、帰りましょう。今日とても楽しかった」奈々子は応じた。

 「こちらこそ楽しませてもらったよ」林は礼儀正しく言った。

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