「埜々村さんは京都の外国大学出身ですか」
「そうです。英文科です」夏美は恥ずかしそうに小さな声で答えた。
「きっと英語がとても上手でしょうね」
「そんなことはないですよ。仕事してから使ってないから」
「埜々村さんはなかなかの美人ですね」林は突然夏美を褒めたくなった。
「林さんは人を褒めるのがお上手ですね」夏美が明らかに喜んでいて口を開けて笑った。
「目の前に綺麗な女性がいれば褒めないと、男性としては失格ですよ」林は調子乗って付け加えた。
夏美が声を出して笑った。真っ白な歯が綺麗に揃っていた。
「ちなみに、僕が外国人なんですけど、大丈夫でしょうか」林は無意味を知りながら確認したかった。
「全然問題ないですよ。林さんはなかなか立派です」
「親はそのことをご存じでしょうか」奈々子の時のこともあって、林はさらに確認したかった。
「パパは中村さん夫婦から林さんのことを詳しく聞いて、人さえよければと言ってたから、ご心配はないですよ」
「それはよかったです」林はひと安心した。
林は最初から乗る気がなかったけど、ここに来てなぜかこのことを無性に確認したくなった。
「なにか不都合なことでもあるでしょうか」夏美が不思議そうに聞き返した。
「それはないですけど、ただ聞いてみたかっただけです」林は適当な答えを見つけなくて誤魔化した。
「林さんのご両親は大丈夫でしょうか」
「まだ知らせてないけど、多分大丈夫でしょう。今まで日本人の女性と付き合った時、反対されなかったから」林は油断してぼろ出してしまった。
「今までって、林さんはなにかご都合の悪いことでもあるでしょうか」
「ご心配なく、綺麗に終わりました」林が慌てて答えた。
こういうことに非常に敏感になるのが女性の常なので、林は自分が油断したことに悔しかった。
「つい最近彼女と別れたと中村さんがおっしゃったから、もしご都合がわるければぜひおっしゃってください」夏美がさらに林を詰めた。
林は中村課長が紹介する前、林のことを詳しく夏美に伝えたことをすぐに悟った。林が奈々子と長く付き合っていたから、職場ではだれでも知っていた秘密だった。林自身が知らないけど、この2ヶ月の間、落ち込んだ様子を見ればだれでも何かあっただろうとすぐ気づく。
「もし引きずっていれば、僕はここに来られません。中村課長と埜々村さんには非常に失礼だから」林は降参して誠実に言った。
女性が林の話を聞いてひと安心になったようだ。
「ごめん、初対面なのに、こんなことを言ってしまって」
「私が先に聞いたから、林さんは失礼なことはないですよ」
「ご心配を掛けて本当にすみません」林はほとんど残ってなかったコーヒーを全部飲んだ。
「私の方がいきなり聞いてしまったから、申し訳ございません。」
しばらく気まずい沈黙だった。
林は夏美をゆっくりと見て、もう長く付き合うことはないだろうなと内心思った。
夏美が非常に後悔したけど、どうしてもこのことを聞きたいという衝動に押さえきれず、聞いてしまった。夏美が林のことを中村さんから詳しく教えてもらった。話を聞いた時から、夏美だけじゃなく、パパとママも林に対してかなりの好感を抱いていた。ただ林がつい最近まで他の女性と付き合っていたことにどうしても心にシコリが残った。夏美はもちろん男性の経験が全くなかったではないが、一人は高校、一人は大学の時だった。パパのコネで今のA社に就職してもらったけど、元々お嬢さんの身振りに多少抜けている性格も手伝って、中小企業のA社の中では、よく言えば高嶺の花、悪く言えば完全に浮いていたのだった。男性を何回か紹介してもらったことはもちろんあったけど、長く付き合ったことは一度もなかった。
「お住まいはどこですか」林は適当な質問して沈黙を破った。
「向日市です。実家に住んでいます。林さんは」夏美がゆっくり答えた。
「山科駅の近くです」
その後、二人がしばらくお互いのことを聞きあった。
「今日、本当に楽しかったです」林は帰りたくなって、自然にこの言葉を口にした。
「そうですね。林さんと一緒にいると、時間経つのが早く感じます」夏美も礼儀正しく答えた。
答えた後、すぐに頭を回って隣のテーブルを見た。
「もうこんな時間ですね」夏美が腕時計を見て言った。
「そうね。もう5時過ぎですね。時間経つのが本当に早いです」林はお開きの合図だと思った。
「この後、林さんは何かご用がありますか」
「特にないです」
「もしよければ一緒に夕食でもいかがでしょうか」ちょっと緊張気味で夏美が聞いた。
突然の質問に林がびっくりした。用事がないという言質が取られた以上、断ることはできなくなった。
「隣のセンチュリーホテルに美味しい京都料理の嵐亭が結構おすすめです。よければ一緒に行きませんか」
「はい」林が一息して、「行きましょうか」
二人がラウンジを後にして、京都駅の方向に向かって並んで歩いた。
一緒に歩くと、黒塗りの下駄を履いていた夏美を非常に長身に感じた。
「埜々村さんは背が高いですね」
「164センチです。林さんも低くないでしょう」
「175センチ、埜々村さんと一緒にいると、低くかんじてしまいます」
「そんなことはないですよ」夏美が優しく笑った。
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