「アキ君、昨日どうだった」中村が笑いながら林に聞いた。
「悪くなかったです。いろいろとお手数かけまして」どうせすべて伝えられていただろうと林は内心思った。
「これからしばらく交際してもいいと先方に伝えてもよろしいでしょうか」
「はい、お願いします」林はちょっとだけ考えて答えた。
「それはよかった」
中村が喜んで帰った。
林は最初からよほどのことがない限り、三回までは義務だろうと思った。夕べの見合いが初対面だったけど、夏美はまともな女性であることは間違いだろうと思った。そう思うと、心の中に一瞬清々しいものがこみ上げてくるような気がした。このような気持ちは奈々子と別れてから初めて感じた。
林と夏美の付き合いが始まった。一ヶ月の間、毎週の週末に二人が会い、京都市内の名刹や観光地に行き、夜は一緒に食事するコースだった。最低3回は義務だと林は最初思っていたが、付き合っているうちに、夏美の純粋さに惹かれるように、二人が一緒にいるとき、奈々子の時のほとばしる感情や肉体的なパッションが感じられないが、心の安らぎが新鮮に感じていた。奈々子とは対等的な男女関係とすれば、夏美とは兄と幼い妹との関係だった。一方、夏美は必死に努力していた。乙女ティックな妄想と自信のなさ、それに、生まれてからはじめて人を好きになったこともあって、毎週美容院に通い、新しい服を毎週のように買い、今までほとんど読まないファッション誌に目を通し、頭の中に林のことで一杯だった。夏美が幼い考え方やちょっと間違ったときに、林はいつも大人らしくニコリと笑うだけだった、ということは夏美が一番気に入った。
2月のある月曜日のお昼の12時頃、林の携帯に夏美のメールが入った。
「夕べ、ありがとうございます。とってもステキな夜でした」
林もすかさず返事した。
「こちらこそ、楽しい夜を過ごさせていただいてありがとうございます」
10分も経たないうちに、夏美のメールがまた来ました。
「林さんは週末にご予定がありますか」
「申し訳ないですが、土曜から中国出張です。飛行機は土曜の昼の1時です」林はすぐに返事した。
「もしよければ金曜の夜はどうですか」夏美のメールがすぐ来た。
林はメールを見て夏美の積極性に苦笑いながらもちょっとした感動も感じた。デスクのパソコンを向きながらどう返事か考えていた。
「金曜の夜なら大丈夫です。埜々村さんのご都合がいかがでしょうか。出張のためのちょっとした買い物をしないといけないので、6時半ぐらいは終われるから、7時半なら山科駅につくと思います」
「7時半に山科駅前の切符売り場でまってます」
「よろしくお願いします」林は相変わらず礼儀よく返事した。
林は金曜夜の7時15分ぐらいに山科駅の切符売り場についた。夏美がまだ来てなかった。切符売り場の前に立って、奈々子のことを自然に思い出した。林は本当はここでの待ち合わせがいやがっていたが、買い物をしなければいけないから、仕方がなく山科駅で待ち合わせした。ここで何回奈々子と待ち合わせしただろうか、と林は内心数えてみた。そう思うと、すっきりしない気分になってしまった。
ちょうどその時、「林さん、すみません。お待たせしました」後ろから夏美の声が聞こえた。
林が後ろに向くと、夏美が小躍りして向かってきた。今までの華やかな服装と全く違っていて、雰囲気も全く別人だった。地味なダーティブラウン色のローヒールパンプスにダーティグレーの制服、大きなブック鞄を右手に持ち、髪型がボブだった。この日、夏美は家に帰らず会社から直接にデートに来た。
「先、来たばかりですよ。まだ7時になってないですから」
「お買い物は何ですか」
「出張のための整髪剤や歯ブラシ、それにのど飴とうがい薬など。薬は会社が準備してくれるけど、予防薬を用意しないと」
「そうか、色々なところに気を配らないといけないですね」
「先輩に教えてもらったから、何回かやればすぐ慣れます」
二人は山科の大丸に向かった。
30分ぐらいで買い物を済ませた後、二人は同じ建物の中華料理の「東東来」に向かった。
「この前、凄く美味しい京都料理を食べさせてもらった。今日は中華料理でいいかな。山科駅前の中華なら、 「東東来」が一番だと思います」林は夏美に勧めた。
「もちろん、行きましょう。前の「嵐亭」はパパのお気に入りだったから」
店に入り、金曜の夜もあって、客がかなり入っていた。
席につくと、二人が注文しはじめた。
「お酒は何にしましょうか」林が聞いた。
「生ビールにしようか」
「何か食べたいものとか、食べられないものがありますか」林が夏美に気を配った。
「レバー以外は全部大丈夫です。林さんにお任せします」
乾杯した後、二人が食べながら話していた。
「海外出張って大変でしょうね」
「いや、中国は母国だから。言葉も分かるし、注意すべき点も知ってますから、大丈夫です。今まで何回も行っていたけど。今度、ベトナムにも行かないといけないから、きっと大変になるでしょう」
「ベトナムも行かれるのですか」
「かもね。先輩達みんな行ってますから」
夏美が微笑みながら、林をじっと見ていて話を聞いた。
二人がしばらく林の出張のことを話した。
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