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さびしい英会話教室


 この雨が秋の長雨だった。水曜日の夕方になっても雨のやむ気配がほとんどなかった。今日は英会話の日だ。外は急激に気温が下げていたけど、林の心の中では相変わらず秋晴れのようで、足も軽かった。六時半ぐらいに山科駅に着き、いつもの牛丼屋さんで軽い夕飯を済ませ、今日こそ奈々子をお茶に誘おうと心に決めていた。

 林はいつもの時間に教室に入り、いつもの席に座った。席に着くと同時に、林が奈々子の匂いがした。三日間も経ったのに、それに他の生徒も座ったのに、そんなはずはないと林は自分に言い聞かせたけれども、確かに奈々子の匂いがした。

 7時半になり、Andre先生の授業が始まったが、奈々子が来なかった。前と同じく、今日も残業ではないかと林は自分を慰めた。しかし、20分経っても、30分経っても奈々子は現われなかった。

 最後の自由会話の時間になった。林は依然一人で、別のテーブルの一人が今日たまたま来なかったから、Andre先生に言われて席を移動した。お互いに軽くお辞儀をした後、林が隣の女性を観察した。真っ赤のエナメルのハイヒールに、フワフワの服とスカートがレースだらけで、全身ピンクに統一され、おまけに頭までレースが付いていて、まるでキティちゃんのようで、ロリ顔で常に作り笑いのように笑っていた。

 「What is your name?」林は聞いた。

 「My name is Rina.」リナが完璧なカタカナ発音だった。声を目一杯高めてお嬢様を気取っていた。

 「What is your name?」彼女が聞いた。

 「My name is Rin.」林は答えた。

 「Where are you from?」外国人であることに気づき、彼女が続けて質問した。

 「I am form Shanghai China, I am a Chinese.」林はいつものように答えた。

 癖かどうかわからないけど、リナが横目で林を見ながら黙り込んでいた。

 「Iwork for a major Japanese food company. And you?」林がリナの態度に腹が立ち、すかさず質問した。

 「なに?」リナが林の英語を理解できず日本語で聞いた。

 林はゆっくりともう一度質問した。

 「え〜、なに?」彼女は依然理解できなかった。

 林はそれ以上質問することをやめ、N社のクラスの分け方に疑問を持った。

 終わるまで、二人が全く会話せず、時間経つのを遅く感じた。最後に宿題のプリントを2枚配られた。プリントやノートを片付けて教室に出ようとするところ、Andre先生に呼び止められた。

 「Please hand prints to Nanako.」Andre先生が英語で林に言った。

 「I do not know how to contact her.」林は困惑しながら英語で答えた。

 Andre先生が不思議そうに林を見た。

 「なぜ彼女の連絡先を知らなきゃいけないの。僕も知りたくてどうしようもないけど」林は不思議に思った。


 林は教室を出た後、冷たい風に吹かれて全身が震った。この長雨のせいか、木の葉っぱが半分ぐらい落ち、残りの半分が街灯に照られて孤独に揺れている。通行人が普段より少なく、みんな駆け足で歩いていて、まだ八時半ちょっと過ぎたのに、いつも開いていた店のシャッターが下ろされていた。ネオンが雨に濡れられ、その水滴が無数の宝石のようにきらきらと光りを乱射し、目障りしかならなかった。百貨店のショーウィンドウのガラスが雨に濡れられて、展示していた商品が微かにしか見えなかった。

 林は風と雨を避けるために頭を斜めに俯け目を細め、風に逆らってアパートに向かった。風に乗せられた雨が顔や手を濡らせ、5分も経たないうちに、手がびしょびしょになった。林の心境は今の荒れ模様よりも、真冬の早朝のような薄暗い静けさに近かった。

 「奈々子がこれから来なければどうしよう。なぜ先週の土曜に連絡先を聞かなかったの」林は乙女ティックに自分を責めていた。

 「今度事務の方に奈々子の連絡先を聞いてみよう。だめだ、個人情報はそう簡単にくれないだろう。N証券の京都支店に電話しよう、いや待ち伏せしよう。ストーカーに思われるからだめだ。……」林はすべての手段を検証した。

 コンビニを寄ってからアパートに戻ったとき、スーツも靴も顔も手もすべてびしょ濡れ、すぐにシャワーを浴びた。コンビニの弁当を食べた後、やる気もなくテレビをつけたが、頭の中には奈々子のことで一杯だった。「今夜もヘビ妖精の見るかな」自嘲しながら思った。今度、奈々子に対する自分の気持ちに本能的に否定しなかった。しかし、その夜はヘビ妖精の夢を見なかった。

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