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一目惚れ


 久々に酒を飲んだせいか、林は土曜昼まで寝た。朝の支度が終わった後、近くのコンビニに行って適当に食材を調達し、その後、部屋の掃除、片付けと洗濯が終わったのがすでに2時を回ったところだった。

 夜の英会話を予習しようと思って、教科書を開いた。1ページも読んでないうちに、夕べの合コンのことを浮かんだ。忠司と佐智子はきっとそのままホテルにいっただろうな。元之は間違いなく一人で寂しい夜を過ごしただろうなといろいろなことを妄想した。美里に電話してみようと思って、ポケットにあった箸袋を出したが、やめようと自分に言い聞かせて、結局電話をしなかった。お世辞でも美人とは言えないし、タイプではないし、恐らく重いだろうと勝手に美里を酷評した。自分が結構世間的な人間だなと林は自嘲しながら思った。

 そうしているうちに1時間過ぎた。やる気のない自分を気づき、テレビを付けたが、夕べの酒がまだ残っていたせいか、林はテレビを見ながらうとうとした。目が覚めたとき、五時過ぎたところだった。30分ぐらい英会話を予習して行き着けの喫茶店に出かけ、定食を食べた後、コーヒーを飲みながら英会話の教科書を上の空で見ていた。

 7時になったところ、林は英会話のN社に向かった。前回と同じく教室の後ろのテーブルに座ったが、教室に林以外は誰もいなかった。林は教科書を出して静かに待ち、脳の中に奈々子のことをよぎった。奈々子のことを思うと、言葉に言えない愉快さが林は感じていて、「今日どんな服を着るだろうな」と教科書を見ながら思った。

 奈々子が入ってきたのが授業の始まりの10分前だった。一礼して林の隣に座った。

 奈々子が座ると同時に、彼女の匂いが林をすっぽり包み込んだ。林の鼓動が明らかに早くなり、挨拶も忘れ、何も考えずに教科書を凝視したままだった。

 「こんばんは」間をあけて奈々子は愛嬌よく挨拶した。

 「Good evening! いや、こんばんわ」林は慌てて返事した。

 「プッ」と奈々子が軽く笑って英語で答えた。「Good evening!」

 目の前の奈々子が私服だった。薄紫の七分袖のポロシャツにナチュラル白のジーンズ、髪の毛がニットのシュシュで括られ、黒いフレームの小さなデザインメガネを掛けていて、前回より明らかに薄化粧だった。にこにこと微笑みながら林に顔を向け、次の質問を待っていた。

 林はやっと自分の失態を気づき、胸を膨らませ深呼吸したが、奈々子の匂いが大量に吸い込んで脈がさらに上がった。手が口を塞げ、顔を横にしてわざと咳をして、奈々子の匂いを吸わないように一回大きく深呼吸して落ち着かせようとした。

 「メガネがかわいいですね」林はいきなり奈々子のメガネを褒めた。

 「そうですか。ありがとう。コンタクトをずっとすると目が痒くなったりします」奈々子はいきなり褒められるのを思わなかったから、ちょっとびっくりした。

 「林さんはコンタクトします?」奈々子が聞いた。

 「僕目が良いからメガネとかコンタクトとかしたことがありません。みんなつらいと言ってたけど、なかなか実感できません」林はやっと自分に戻った。

 Andre先生が時間ぎりぎりになって教室に入り、レッスンが始まった。

 林は惰性でレッスンを受けていて、林の脳が奈々子の匂いに占領されてしまった。

 授業の最後になると、前回と同じく自由会話が始まった。

 「Are you off duty today?」林は質問を発した。

 「Yes, today is a day off, and you?」奈々子は答えた。

 「Yes.」林は次の質問を考え込んだ。

 このとき、Andre先生が来られて林と奈々子にテンポよく二人に英語を掛けた。二人必死に先生に付いていた。時間があっという間に過ぎていた。

 レッスンが終わり、ノートなどを片付けて奈々子の後に林が教室を出た。林は教室に出て奈々子の匂いのない空気を一生懸命吸い込んだ。

 林は奈々子の後ろ姿の下半身を見た。長めのジーンズをはき、イエローのエナメルパンプスを履いていた。奈々子は明らか下半身デブだった。ぴったりジーンズのせいか、お尻と太ももの肉付きが余計によく見え、丸々のお尻がかなり女性を強調し、上半身とのアンバランスが林の目に焼き付いた。

 「前回と違って今日私服って雰囲気が全然違いますね」林は言った。

 「そうですか。制服はかわいくないですか?」奈々子が声を上げてわざと聞いた。

 「制服の方が初々しく、私服の方がかわいいですよ」林は褒めた。

 「ありがとうございます」奈々子が褒められてちょっぴり嬉しそうだった。

 「一番のチャーミングポイントはメガネと思いますよ」林は自分も分からなく立て続けて奈々子を褒めた。

 「嬉しい。林さんは人を褒めるのが上手ですね」奈々子はちょっぴりと舞い上がった。

 「僕は本当のことを言ってるだけですよ」奈々子の嬉しそうな様子を見てひと安心した。

 奈々子は目の前の林に対してかなり好印象だった。大手食品メーカー勤めが奈々子にとってはすべての前提条件で、外国語が上手の上に日本のことをかなり知っているようだ。奈々子は働いてから三人の男性と付き合ったことがあって、一人が税理士で、残りの二人は大手勤めだった。結局はお互いに話が合わなく、3ヶ月以上付き合ったのが一人だけで、本気で付き合ったことはなかった。奈々子自身も仕事が忙しく、今の仕事が大好きということもあった。何より気にいたのが林の明るさで、積極的に話し、褒めてもくれるし、気配りもできているようだ。唯一の心配は外国人で、別に中国嫌いわけではないけど、文化の違いによるトラブルが起こってしまうという漠然とした不安があった。

 「酒本さんのお仕事、残業多いですか?」林は話題を変えて言った。

 「ITバブルが崩壊してから日常の業務がずいぶん減りました」奈々子は笑いをやめ、重々しく言った。

 「IT関連のお仕事ですか」林は奈々子が証券会社に勤めていることを知りながらわざと聞いた。

 「IT関連ではなく、証券会社です。IPOとかM&Aとか」

 「なんかむずかしそうね」

 「事務仕事とそんなにかわりません」

 夕べの合コンの経験もあってお茶に誘ってみようと林は思っていたが、失敗を恐れていたかなかなか話せなかった。そう話している間、二人は外環三条の交差点に付いた。

 「林さんは向こうでしょうね」奈々子はゆっくりと話した。

 「そうですね」林は頭の中に葛藤しながら小さな声で言った。

 「それでは、お休みなさい」間をあけて奈々子は言った。

 「お休みなさい」林は別れを惜しんでいた。

 「さよなら」奈々子は軽くお辞儀して言った。

 「さよなら、また来週」林は正直悔しかった。

 奈々子は林が誘ってくれることを正直期待していた。

 「今度自分から誘ってみようか。本当に奈々子のことを気にしているかな。もし彼がその気持ちがなければどうしよう。やっぱりやめようか。彼と結婚したらきっと背の高い子が生まれるね。しかも、最低二カ国語が話せるし、彼の仕事ならいざとすれば専業主婦にもなれる」奈々子は乙女のようにあれとこれと妄想をたくましくしていた。顔には不思議な笑みを浮かびながらゆっくりと自宅に帰った

 林は嘆きながらいつもコンビニを寄って帰った。

 深夜、林はまたヘビ妖怪の夢を見た。目を覚めた時、妖精の発した匂いが実は奈々子の匂いを指したことに気づき、一目惚れしながらも誘う勇気のない自分に情けなく感じた。明日美里に電話しようかと一瞬思った。その後、ヘビ妖怪のことやら美里のことやら何を考えたか、林自身も知らないまま、2時間ほど寝られなかった。うとうとしたのは空が微かに明るくなってからだった。

 目を覚めたとき、もうすでに10時を回ったところだった。休みの今日も林が特に用事を入れてなかった。前から買いたかった空気洗浄器を思い出して、遅い朝ご飯を食べてから京都の寺町の電気街に出かけた。

 電気街に行ったが、気に入った商品がなかった。近くの高島屋の中華料理屋で昼を食べ、ついでにシャツとポロシャツを一枚ずつ買った。自宅に戻った時はもうすでに5時までだった。

 冷凍食品をチンしている間に、林は奈々子のことを思い出して何となく幸せな気分だった。机にあった雑誌をめぐりながら待っていた。急に美里に電話しようとアイディアが脳によぎり、強迫観念になってなかなか脳から離れなかった。背広の内ポケットにあった箸袋を出し、携帯で電話したが、受話器の向こうから留守電のメッセージが流れてきて、何を話そうかが分からなくて携帯を切った。

 ちょうどそのとき、「チン」という音が部屋に響いた。奈々子に一目惚れした自分を認めようとしない自分に虚しく感じて、声を出して苦笑いした。

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