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英会話教室其の1


 10月4日水曜日は最初の授業の日で、林は今もその日のことを鮮明に覚えていた。秋晴れの日で、昼はちょっと暑かった。林は高校卒業した後、親戚の叔父さんの経営する小さい貿易会社で3年間働いていた期間を除いて、日本に留学してからは8年間も学校をかよっていた。人生のほとんどの時間が学校で過ごした林にとっては授業を受けるのがそれほど珍しいことではなかったが、理由が分からないけど、多少興奮気味だった。6時前に仕事を片付け退社し、いつもの古びた山科の駅ホームを降り、駅前の牛丼屋さんで牛丼一杯を食べた。英会話教室についた時、7時ちょっと過ぎたところで、前のクラスが終わったばかりで生徒と外国人の先生がまだ話していた。

 林は静かに教室の後ろの席に座った。教室は非常に狭く、机が学校にあるやつではなく丸い小さなテーブルで、真っ白の壁に真っ白のホワイトボード、テーブルと椅子も白色だった。7時15分ぐらいなると、先生が来られ、長身の金髪の男の先生だった。

 「Good evening」金髪先生が元気よく挨拶した。教室の中に林のほかに、女の子が4人いった。元々知り合いだったか、二人ずつ一つのテーブルに座っていた。

 「My name is Andre, Hello everybody」金髪先生が相変わらず元気よく自己紹介し、みんなに自己紹介を要求された。5人が慣れない英語で短い自己紹介した。ちょうどAndre先生がこれから授業の進め方を説明しようとしたとき、教室のドアがノックされ、一人の女性が入ってきて、申し訳ない顔をして、軽くお辞儀をしながら林の隣の空いていたテーブルの椅子に座った。「7時38分」、林が無意識的に時計を確認した。

 女性が明らかに走ってきた。額と鼻の先に少し汗がかき、ハアハアした息を必死に我慢していた。女性が席に着くと同時に、きちんと畳んだハンカチを出して鼻に当て汗を吸い取った。

 「What you name?」Andre先生が女性のコンディションを考慮せず質問した。

 「My name is nanako sakamoto.」戸惑いながら女性が小声で返事した。林は全く聞き取れなかった。

 「Welcome!」Andre先生が林のテーブルの椅子を指しながら長い英文を話した。女性が英文の意味をほとんど理解できず、おそらく席の移動を要求されたではないかと戸惑いながら顔に紅葉を散らして立った。おそらく席の移動を強いられた理由は毎回必ず会話が必要ではないかと林は思った。五人の生徒の視線がすべて女性に集めた。身長がどっちかというと低い方で、普通より高いハイヒールを履で、ベストとスカートは紺色に統一され、長袖のブラウスは淡ピンク色、膝までの肌色のストッキングをはき、ショートストレートの髪の毛は綺麗に揃っていた。典型的なOLだった。

 女性が軽く一回お辞儀して林の隣の席に座り、林も座りながらお返しのお辞儀をして女性に向かってにっこりと笑った。恥ずかしいせいか、女性が林に直視できず俯いて座っていた。「かわいいな」と林は内心思っていた。

 丸顔にクリクリした目、高くない鼻と小さめの口は顔に落ち着きをもたらした。カラーのコンタクトをしていただろうか、目が異常に輝いていた。肌色が白いというよりも血行のよい薄ピンク色だった。何より林を落ち着かせないのが彼女の匂いだった。ワキガや生理臭ではなく、化粧品の香りか、あるいは体から出たフェロモンの匂いか分からないけど、林は女性の体から発した匂いに本能的に惹かれていた。呼吸するたび、女性の匂いが林の脳神経を刺激し、授業中何度も女性を盗み見していた。

 胸元にパッジが裏返しにして付けられ、「酒本奈々子」と漢字で書いてあった。紺色の小さなベストが完全に体にフィットして、ちょっと大きなブラウスの襟がベストの上に横たえていた。開かれて襟から女性の真っ白肌がはっきり見え、呼吸するたび、女性の鎖骨がうごめき、横から見た女性の上半身がかなり薄く感じ、胸も小さくて、フィットしたベストの下で強調する様子は全くない。首が髪の毛にかくされ、時々真っ白な一部分が見える。細い手の指が身長に比例せずかなり長く、指輪などは一つも付けておらず、その色が際立って白さだけが目立っている。長袖のブラウスが腕全体を隠して手首しかみえないが、普通の基準から見れば女性の体毛が明らかに濃く、細くて長い黒い体毛が真っ白な肌に対照され、余計に黒く感じてしまう。

 林の盗み見を気にしていたか、それとも林のことを気にしているかわからないけど、奈々子も何度か林のことを見ていた。ダーティグレーのズボンに白いシャツ、地味柄のブルーのネクタイにバーバリーのマークがはっきり見える。奈々子は関西の有名私立の経営学部を卒業した後、中堅のN証券に勤め、現在法人営業を担当している。職業からの感で目の前の男性が大手のサラリーマンではないかと奈々子は内心思った。自分のことを非常に興味津々で観察していることも奈々子も感じていた。

 Andre先生の大きな声が教室中に響き、他の二組の女性達の笑い声が時々伝わってくる。林の頭の中では奈々子の匂いに完全に占領され、上の空で授業を聞き流していた。授業が半分過ぎたところ、同席の二人が英語で自由会話するようにAndre先生が指示した。

 林は体を奈々子に向けて軽くお辞儀して言った、「よろしくお願いします」。

 「よろしくお願いします」奈々子は本能的に返事した。


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